「実家を残すべきか、売却すべきか」の次に考えたい~自宅相続と“家族信託”という選択肢~
こんにちは、田中 です。
前回の記事では、「実家を残すべきか、売却すべきか」をテーマに、
- 小規模宅地等の特例
- 空き家特例
- 生前売却
- 取得費5%ルール
など、「実家」と「相続税」の関係について整理しました。
ただ、実際の相続相談では、相続より前に起こる問題があります。
それが、「認知症による財産凍結」です。
例えば、
- 実家を売却したい
- 施設費を捻出したい
- 修繕したい
- 建替えしたい
- アパート経営を継続したい
と思っても、本人の判断能力が低下すると、不動産が動かせなくなるケースがあります。
そこで近年、注目されているのが、「家族信託」です。
今回は、「自宅」と「家族信託」をテーマに、
- そもそも家族信託とは何か
- どんな場面で使うのか
- 実家と相性が良い理由
- メリット・デメリット
- 成年後見との違い
- 実務上の注意点
まで含めて整理したいと思います。

そもそも家族信託とは何か
家族信託を簡単に言うと、「信頼できる家族へ財産管理を託す仕組み」です。
例えば、高齢の親が、
- 将来認知症になるかもしれない
- でも実家や預金の管理を止めたくない
という場合、元気なうちに、信頼できる子へ財産管理を任せる設計を行います。
家族信託の基本登場人物
- 委託者(財産を託す人) 例:親
- 受託者(財産を管理する人) 例:長男・長女
- 受益者(利益を受ける人) 例:親自身
典型例
- 父(委託者兼受益者)
- 長男(受託者)
- 実家・預金を信託
- 長男が管理
- 父の生活費・施設費へ利用
つまり、「親のために、子が財産管理をする」制度です。
なぜ“実家”と家族信託は相性が良いのか
実家相続で本当に怖いのは、認知症後、不動産が動かなくなること、だからです。
典型例
- 高齢の父が一人暮らし
- 認知症進行
- 施設入所検討
- 実家を売却して施設費へ充当したい
- しかし本人が契約できない
- 売却が止まる
これは実務では珍しくありません。
不動産は、
- 売却
- 建替え
- 大規模修繕
- 賃貸契約
など、法律行為が多く、本人の判断能力が非常に重要になります。
家族信託の実務的メリット
家族信託を利用すると、親が元気なうちに、「管理権限」を子へ移しておくことができます。
そのため、親が認知症になった後でも、受託者である子が、
- 売却
- 修繕
- 管理
- 固定資産税支払
- 施設費捻出
などを継続しやすくなります。
家族信託は「相続対策」なのか?
かなり誤解されやすい部分ですが、実は家族信託は、「節税制度」ではありません。
家族信託の本質は、「認知症対策」「財産凍結対策」です。家族信託をしても、「実質的に誰の財産か」で相続税は考えられます。つまり、家族信託の最大の役割は、「財産を止めない」ことにあります。
どんな時に家族信託を使うべきか
① 高齢親の認知症対策
最も典型的なケースです。
例えば、
- 将来施設入所可能性
- 実家売却可能性
- 預金管理不安
などがある場合です。
実務で起こる問題
- 認知症発症
- 実家売却できない
- 施設費不足
元気なうちに、子へ管理権限を移すことで、認知症後も、売却・修繕・管理を継続しやすくなります。
② 地主・収益不動産オーナー
家族信託は、地主系資産とも相性が強いです。
収益不動産は、単に所有するだけでなく、
- 修繕
- 家賃管理
- 契約更新
- 借入対応
- 建替え
など、継続的管理が必要だからです。
実務で多い問題
- 高齢オーナー認知症
- 銀行折衝止まる
- 修繕できない
- 不動産価値低下
家族信託の活用
例えば、
- 父を委託者兼受益者
- 長男を受託者
- として、アパートを信託する。
- 長男が管理継続
父認知症後も、修繕・建替え・売却などを進めやすくなります。
③障害のある子の生活支援
いわゆる、「親亡き後問題」への備えになります。
例えば、親死亡後、障害のある子へ一括で財産を渡すと、
- 詐欺被害
- 浪費
- 管理困難
などのリスクがあります。
信託を利用すると、信頼できる兄弟などを受託者とし、毎月一定額を生活費として支給する、などの設計が可能になります。
④二次相続まで見据える
家族信託は、一定範囲で、「その次の承継」まで設計できる特徴があります。
例えば、
- 父死亡
- 母が受益継続
- 母死亡後は長男へ

受託者は誰にするべきか
家族信託では、「誰を受託者にするか」が非常に重要です。受託者は、単なる名義人ではなく、「実際に財産管理を行う人」だからです。
受託者に求められる能力
- 管理能力(固定資産税管理、修繕判断、賃貸管理、売却判断など)
- 家族調整能力(例えば、長男を受託者、他兄弟への説明など)
- 将来性(例えば、高齢配偶者を受託者、数年後に管理困難になる可能性など)
兄弟が複数いる場合
特に「実家」は感情が入りやすく、慎重に扱う必要があります。実務上重要なのは透明性(定期報告、家族共有、収支開示など)です。
また、共有受託者(例えば、長男+長女)にした場合、メリット(暴走防止、透明性など)とデメリット(意思決定遅延、売却停止、関係悪化時リスクなど)が考えられます。
どの不動産を信託に入れるべきか
家族信託は、「全部の不動産を入れる」必要はありません。実務では、「止まると困る財産」を優先します。
信託と相性が良い不動産
- 将来売却可能性が高い実家(例えば、空き家予定、施設入所時に売却予定など)
- 収益不動産(アパート、駐車場、賃貸併用住宅など)
- 地主系資産(認知症後に止まる影響が大きいなど)
一方で、慎重にすべきケース
- 売却予定のない自宅(例えば、配偶者が住み続けるなど)
- 小規模・低額不動産(コスト倒れ可能性)
- 家族関係が悪いケース(信託は、「家族で運営する制度」なので、関係悪化時は逆に揉めやすい)
成年後見・任意後見・家族信託の違い
実務では、
- 成年後見
- 任意後見
- 家族信託
が比較されます。ただ、どれが正解か、ではなく、何を解決したいか、で考えることが重要です。
成年後見
本人保護重視
- 家庭裁判所関与
- 身上監護可能
- 財産保全型
強み
- 本人保護
- 悪質契約取消
- 法的監督
注意点
- 柔軟性低い
- 不動産売却進みにくい
- 継続報告必要
任意後見
将来への備え
- 元気なうちに、将来支援者を決める制度
強み
- 自分で後見人選べる
- 将来安心感
注意点
- 家裁関与あり
- 発動条件あり
家族信託
財産管理継続重視
- 不動産と相性良い
- 柔軟性高い
- 認知症後も動かしやすい
注意点
- 身上監護できない
- 家族間トラブル可能性
- 節税制度ではない
実務では「併用」が可能です。例えば、家族信託→ 財産管理、任意後見→ 生活支援 という形です。

家族信託の最大の盲点 ~信頼できる受託者がいない~
家族信託は非常に便利な制度ですが、実務で意外と大きいのが、「そもそも、誰に任せるのか」という問題です。家族信託は、“信頼できる受託者がいて初めて成立しやすい制度”だからです。
例えば
- 子どもがいない
- 兄弟仲が悪い
- 相続人が遠方
- 管理能力が不安
- 高齢配偶者しかいない
- そもそも頼れる親族がいない
などです。
家族信託は、制度上は親族以外も受託者になれます。ただ実務では、長期間、継続的に財産管理を行い、家族調整も必要になるため、「誰でも良い」わけではありません。
特に問題になるのが不動産
例えば、受託者には、
- 固定資産税管理
- 修繕判断
- 売却判断
- 賃貸管理
- 相続人説明
など、かなり実務的負担があります。つまり、“名前だけ貸す”では回りません。
実務で多い悩み
- 長男はいるが関係悪化
- 子どもが遠方
- 子どもがお金にルーズ
- 兄弟間で不公平感
- 受託者候補が高齢
- 不動産管理能力がない
などです。「制度より先に、人の問題」が出ることも珍しくありません。
では、受託者がいない場合は?
この場合、
- 任意後見
- 成年後見
- 遺言
- 民事信託以外の信託商品
など、別制度を組み合わせて考えることになります。
生命保険信託という考え方
生命保険金を、単純に一括受取するのではなく、「管理・給付設計」を行う仕組みです。
例えば
- 親死亡
- 保険金2,000万円
- 信託銀行等が管理
- 障害のある子へ毎月給付
などです。
家族信託との違い
家族信託 → 家族が管理主体
生命保険信託 → 信託銀行等が管理主体
つまり、家族に受託者がいない場合でも、専門機関を活用できる可能性があります。
ただし、生命保険信託は、一般的な家族信託ほど自由度が高いわけではありません。また、手数料もかかり、金融機関ごと、商品ごとに違いもあります。
実務的には、家族信託ができないから生命保険信託という単純な話ではなく、
- 誰が管理するのか
- 何を守りたいのか
- 不動産なのか
- 金銭なのか
- 障害のある子支援なのか
- 認知症対策なのか
によって、制度を組み合わせて考える必要があります。
最後に(私的意見)
家族信託は、非常に便利な制度です。
ただし、家族信託をすれば安心というほど単純ではありません。
実際には、
- 誰を受託者にするのか
- 家族が納得するのか
- 管理能力があるのか
- 将来売却するのか
- 不動産を残したいのか
など、家族ごとの事情が大きく関係します。
また、家族信託は「節税」ではなく、将来、財産を止めないための仕組みとして考える方が、本来の使い方に近いように思います。
制度を使うこと自体が目的ではなく、
- 親の生活
- 家族の安心
- 将来の管理
- 不動産の出口
まで含めて考えることが大切なのではないでしょうか。
※本記事は一般的な制度整理・私見を含む内容であり、個別事情によって結論は異なります。実際の契約・相続・税務判断については、弁護士・司法書士・税理士等の専門家へご相談ください。


